編集部ブログ シンガポール Fio

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2020月8月13日(木)

新型コロナウィルス対策に振り回されたSG入国記

みなさん、初めまして。フィオです。

私は、3月下旬、タイからシンガポールに異動してきた、シンガポール駐在(といっても、あっという間に4か月が経ってしまいました…)の1年生です。

こんなにあれよあれよと状況が変わっていった数か月はなかなかないなぁと感じ入る今日この頃。
みなさんは、どのように過ごされていたでしょうか。

オフィシャルブログ第1回目、シンガポールに来るまでの顛末を聞いてください!!


渡航が決まるまでに一苦労

 

私自身の異動は2月末に決定しました。行先はシンガポールと言われて、さらにびっくり!
海外赴任は三回目になるので、異動や異動先には全く抵抗はなかったのですが、各国でコロナ感染者数が増えていて、各国の入国制限など先が読めない中で、まさか異動があるとは思わなかったからです。

先行き不透明なのでとにかく急いだほうがいいと、2週間で引き継ぎをして、国際免許証を更新に日本へ。そしてシンガポールに無事到着……のはずが、その前にトラブルが発生しました。

ちょうど日本に到着したタイミングで、シンガポールが入国制限すると発表があったのです。

その前に入国しなければ! と急いでフライトを調整してもらい、入国制限前の3/22の便でシンガポールに入国する予定となりました。
シンガポール到着後14日間の隔離もこのタイミングで決定し、隔離滞在ができる場所を至急探しました(3月当時、政府指定の施設という規定はまだなく、隔離滞在できる場所を自分で見つける必要がありました)。

しかし、社内では実際に「隔離」になった人がほとんどいなかったので、「隔離生活になるのに渡航させるのか?」と議論に!
でも、住む場所もない東京にいながらシンガポールの仕事をするほうが不便だし、役に立つ仕事ができるのか不安です。そんな正直な気持ちを伝えて、なんとかシンガポールへの渡航が決定されました。

 

私を見てギョッとする空港スタッフ。その理由は……

フライト当日、成田空港では人気のないカウンターとロビーを目にして、世界の非常事態を感じずにはいられませんでした。本当に、出発ロビーには人がいませんでした。タイの出発ロビーは結構人がいたのに、成田には人っ子一人いない……。

え? 出発するの、私だけ……?

ドキドキしながらカウンターに行くと、カウンターにいたグランドスタッフがギョっとするではないですか。

その理由はすぐにわかりました。なんと、私が予約していた便は、前日にキャンセルされ、当日午前の別の便に振り替えられていたのです。

私のチケットは、代理店を通して会社で購入していました。代理店なのか、会社なのか、どこが原因かわかりませんが、いずれにしても両社とも休日のため、航空会社からのお知らせが転送されることなく、搭乗者である私は振り替え便が離陸したあとに空港に到着してしまったのです。

焦ったのはここからです。私はどうしても、入国制限前のフライトに乗らなければいけません。
その場で代替のフライトを確認してもらうと、「お客様の購入されたチケットではこの便への振替はできないかもしれません」と言われる始末。
しかし、こっちも必死です。

「このフライトに乗らないと入国制限で渡航できなくなってしまうんです!!」

何度かやり取りし、何とか翌日の羽田発の便に振り替えてもらうことができました。実家から成田に宅配輸送しておいたスーツケース3つを持って成田から羽田に向かいました(事前に分かっていれば、羽田に送ったのに! と悲しい思いで引きずっていきました……)。

翌日の羽田は、成田ほどではないにしても旅行者風の欧米人、駐在員または駐在員のご家族、私、と数えるくらいしか出発ゲートにはいません。機内も同様で、20人ほどしか搭乗していませんでした。

ところで、私は飛行機での移動に関して、若干の不安を持っていました。あんな密閉空間に1人でも感染者がいたら、感染してしまうのではないか???
ところが、搭乗した航空会社は、機内アナウンスで、機内の中の空気は循環しており、2~3分で全て入れ替わるという説明をしていました。後々知ったのですが、これは欧米では周知の事なのだそうですね。

 

無事に入国なるか???

こうしてトラブルはあったものの、無事、シンガポールに到着しました。
当時チャンギ空港内は、降り立ったゲートからの通路にサーモグラフィーが1箇所設置されていて、異常がありそうな人だけ呼び止めるような対応でした。

イミグレでは新たに設置された3枚綴くらいの用紙に色々と記入し、シンガポールでつながる電話番号と住所を記入し、Stay Home Noticeの注意書きを貰いました。その記入の際に色々と聞かれたものの、これまでのことを考えると拍子抜けするほどすんなりとイミグレを通過できました(3月の話ですので、現在は対応が変わっているかもしれません)。

滞在先のホテル(サービスアパート)への移動は、お願いしていたホテルの人と直ぐに合流でき、無事にホテルに到着することができました。

 

 

ようやく隔離生活終了!! のはずなのに

こうして、14日間の隔離生活がスタートしました。大変ありがたいことに、新しい上司が、2週間生活できるだけの食料(野菜や、卵、牛乳など)を事前に希望を確認して購入しておいてくれたため、自炊をしながらの隔離生活を送ることができました。
また、Grab FoodやFood pandaなど宅配も充実していたため、時々おいしいものを食べてリフレッシュすることもできました。これがなかったら、塞ぎこんでいたかもしれません。

そして、ようやく14日間の隔離生活が明ける4/7、なんとCircuit Breakerが始まりました

会社に行ける、ようやく人に会える、と思っていたのに……。もう笑うしかありません。
そのまま約3か月の在宅勤務に突入しました。さすがに人恋しくなった私は、その間、友人たちとオンライン女子会をしたり、日本にいる同期や大学時代の友人と電話をしたり。実は、これまであまりやっていなかったことをやってみて、意外と盛り上がるし楽しい!という新しい発見がありました。

一方で仕事も、「これってやろうと思えば遠隔でもできるな」という、こちらも新しい発見がありました。

 

そして6月末、ようやく不動産の内覧ができるようになり(それまでサービスアパート生活!)、2日間で20件くらい内覧させてもらい、へとへとになりながら早急に部屋を決め、入居。約1か月が経ちました(←今ここ)。

 

そんな、突然のウイルスによる変革の時に、シンガポール生活がスタートすることになったのですが、交友関係が「無」の3か月が過ぎ、ようやく人に会える、友達を作りたい!と意気込むものの、ちょうど仕事が忙しくなってしまい、また「無」の1か月が過ぎてしまいました。この状況を打破しなければ…しばらくは日本にも帰れないし、孤独すぎますよね(笑)

 

海外生活は合計6年になりますが、どこにいても、そこが楽しいと感じられるのは、色々な人に出会えるからでした。いつも同じグループや会社の中などにいると固まってしまいがちな視野や考え方ですが、今まで関わったことのない考え方や文化に触れることは(時には大変だけど‥)気づいたら自分の考え方も広げてくれています。

シンガポールでも、そんな人との出会いがたくさんあったらいいなと願っています。

そんな中で、少しずつではありますが、小さな気づきや面白いと思ったことなどを、今後この場をお借りしてシェアしていけたらと思っています。何せ、シンガポール生活は初めてなので、「そんなの当たり前!」的なこともお話ししてしまうかもしれませんが、どうか温かい心で時には聞き流し、時には鼻で笑っていただけるとうれしいです。

これからどうぞ宜しくお願いします!

Official BloggerFio
駐在1年生のフィオがつづるシンガポールレポート。 大学時代にニュージーランドに留学し、バックパッカー/一人旅の楽しさを知る。海外勤務を目指し輸出入手配の仕事に。インドネシア、タイ勤務を経て、2020年3月下旬シンガポールへ。「如何によい歳の取り方ができるか」が最大の関心事で、美容情報収集に勤しむ。新鮮な目でシンガポール生活をつづります。
この記事を書いた人
シンガポールに来て4カ月! この間を振り返ってみると……